本能で人は動く!ケンリックの欲求ピラミッド 〜マズローの肩越しに映る “欲しい” の正体〜

2025.07.09

最終更新日:

2025/7/9

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今回は、マーケティングの実務における「人の欲求」の捉え方について、マズローよりも「ケンリックの欲求ピラミッド」のほうが重宝する、というお話です。

マズローとケンリック、似て非なる2つのピラミッド

まず、こちらが有名な「マズローの欲求5段階説」です。本当に、いろんな記事でよく目にしますし、検索してもすぐ出てくる定番の図です。

私自身も、実務のなかでこのマズローを使ったことはもちろんあります。たとえば「社会的欲求の中には承認欲求があるから、ここに訴求しよう」といった使い方ですね。

ただ、そうやって使いながらも、マーケティングの現場経験を積むうちに、「なんだかこれだけじゃ足りないな……」と思うことが増えてきました。

そんな中で、いろんな本やWeb記事を読みあさっていたときに出会ったのが「ケンリックの欲求ピラミッド」です。

この「ケンリックの欲求ピラミッド」は、マズローの理論をベースに、心理学者のケンリックたちが進化心理学の視点からアップデートしたものです。

マズローと比べて、まず目に入るのが階層の多さです。

特に「人間の進化の過程で、どんな欲求が芽生え、どんな本能が形成されてきたのか?」という切り口で整理されているのが特徴です。

ちなみに進化心理学とは、ざっくり言うと「人間の心理メカニズムを、進化の歴史をもとに説明しようとするアプローチ」です。

なぜそんな行動を取るのか、なぜその価値に惹かれるのか。それらを、人間が生き延び、子孫を残すために獲得してきた本能の視点から読み解こうという考え方ですね。

で、私もこの進化心理学に出会ってから、「あ、これマーケティングにめちゃくちゃ使えるじゃん!」とピンときまして、今ではかなり重宝しています。

我々マーケターって、よく「WHO/WHAT/HOW」のフレームワークを使いますよね。その中でも、「What=何を提供するか」、つまり価値設計や価値提案のフェーズで、このケンリックのピラミッドがすごく効いてきます。

人間の本能レベルの欲求と商品・サービスの価値をうまくつなげられると、「あ、それ欲しい!」と感じてもらえる確率がぐっと上がります。

マーケティング的に言えば、価値を感じやすい状態をつくりやすくなるということですね。

そんなわけで、私はこのケンリックの欲求ピラミッドを、実務でもかなり重宝しています。

せっかくなので、マズローとケンリックのピラミッドを比較した図もお見せします。

マズローの理論が発表されたのは1943年。一方で、ケンリックのピラミッドは2010年に発表された、比較的新しいものです。当時の進化生物学や進化心理学の知見をベースにして、マズローの理論を現代的にアップデートしたという位置づけになります。

本能に根ざした7つの欲求

マズローとケンリックの違いについて、特徴と共通点を見ていくと、実は下位の階層はけっこう似ています。生理的な欲求や安全欲求といった基本的な部分は、どちらも変わりません。

でも、上に行くにつれて雰囲気がガラッと変わります。

マズローでいう「社会的欲求」「尊厳」「自己実現」といった抽象的な言葉が、ケンリックのピラミッドでは「ステータス」「モテ」「子育て」といった、もっと生々しく、かつ本能的な言葉に置き換わっています。

なんだか、ケンリックの方がリアルだな……って思いませんか?

たとえば「遺伝子を次世代に残したい」という本能的な目的が、ケンリックのピラミッドでは明確に出てきます。生き延びること、子孫を残すこと――進化心理学の文脈でよく言われる「生存と繁殖」ですね。

この視点で整理されているからこそ、人の欲求がすごく立体的に、そして直感的に見えてくる感じがあるんです。私も初めて見たとき、「これは生々しくていいな」と思いました。

では、ケンリックのピラミッドを下から順に見ていきましょう。

1:差し迫った生理的欲求(喉の渇き等)
これはもう、「喉が渇いた」「眠すぎる」といった、差し迫った身体的な欲求ですね。お腹が減ったとか、そういった毎日の感覚として、みなさんも日々感じている部分だと思います。

2:自己防衛:捕食者や病気、外傷から身を守る
たとえば、「やばそうな人には近づかない」「段差で転ばないよう気をつける」「風邪ひいてそうな人の隣は避ける」といった行動です。怪我や病気を避けるための直感的な判断、これがこの層にあたります。

3:友好的な社会的絆:集団への帰属感、友情、協力行動
ここは「私はこの会社の一員だ」「このグループに受け入れられている」と感じられる状態ですね。人と人とのつながり、仲間意識、同盟関係といった「つながる欲求」です。

4:地位・尊重:ステータス、マウント、名声、自尊心
この辺からどんどん生々しくなってきます。いわゆる「マウンティング」なんかもここ。人は本当に、少なからず自分の立ち位置や優位性を示したがるものですよね。「自尊心」「名声」「影響力が欲しい」といった感情もここに含まれます。こうやって分解されると、確かに実感しやすいと思いませんか?

5:パートナー獲得:求愛行動、モテ、魅力の演出
いわゆる「モテたい」や「魅力的に見られたい」といった欲求です。「私は優れたパートナー候補ですよ」とアピールする行動――たとえば、孔雀が羽を広げるような魅力の演出もこの層にあたります。

6:パートナー維持:既存のパートナーシップ維持
パートナーといい関係を維持したい、信頼関係を保ちたいという欲求です。恋愛や夫婦関係での「気遣い」や「ちょっとしたプレゼント」なんかも、この層に含まれます。

7:子育て・養育:血縁への利他行動
自分の子どもを育てることだけでなく、「血縁の近い子たちを守る」という利他行動も含まれます。たとえば、おじいちゃん・おばあちゃんが孫を可愛がる、甥っ子や姪っ子を気にかける、みたいな行動ですね。これは「自分の遺伝子の一部が残っている存在を守ろうとする」本能に基づくと言われています。

こんなふうに、ケンリックのピラミッドでは、人の行動がすべて「進化の必然」として整理されているのが大きな特徴です。

抽象的な理想ではなく、「人はなぜこう動くのか?」にちゃんとリアルな理由がある。そう思わせてくれる構造になっています。

実際のマーケティング施策にどう活かせるのか

ケンリックのピラミッドとマズローの違いを比べてみると、やっぱり上位階層の生々しさが全然違いますよね。ただ、ここまでだと少し抽象的すぎるかもしれません。

ここからは、実際のマーケティング施策にどう活かせるのかを、3つの具体事例でご紹介します。

【事例①】流山市のコピー「母になるなら、流山。」

最初の事例(弊社は関わってはいません)は、子育てしやすい街をどうアピールするか?という話です。たとえば、子育て世代に向けて訴求するとき、みなさんはどういったコピーを作りますか?

普通なら、「子育てにやさしい街、〇〇市」とか、「保育支援が充実したまち、〇〇」みたいに、機能的な価値をベースに作ることが多いですよね。もちろんそれも悪くないんですが、私が「これはケンリック的だな」と感じたのが、流山市のコピーです。

出典:流山市公式ホームページ(https://www.city.nagareyama.chiba.jp/appeal/1004028/1004029.html

そう、「母になるなら、流山。」というキャッチコピー。このコピー、個人的にめちゃくちゃいいなと思っていて。

作り手がどこまでケンリックを意識していたかは分かりませんが、ただの子育て支援という機能的ベネフィットを超えて、「いい母になりたい」という本能的欲求にまで届いていると感じるんです。

つまり、「母になるなら〜」という言葉には、“良い親でありたい”というステータス欲求がにじんでいる。その部分が、単なる便利さ以上に響く要因になっているんじゃないかと。

ちなみに、「父になるなら、流山。」というバリエーションもあったそうで。これもまた、“父としてどうありたいか”に訴えかける、上位の欲求に刺さるコピーだなと思いました。

【事例②】卓球教室の見出し「孤独じゃないから続けられる」

次の事例は、弊社がご支援したとあるスポーツ教室さんのケースです。このスクール、定年退職後のシニア層が多く通われているんですが、そのニーズを踏まえて、サイトの見出しをこう変えてみました。

「パーソナルレッスンだから孤独じゃない。続けられる。楽しく上達できる。」

これ、けっこう直球なんですけど、特に効いてくるのが「孤独じゃない」という言葉です。定年後って、それまであった職場の人間関係が一気になくなって、社会的なつながりがガクッと減りますよね。だからこそ、「人とつながっていたい」という【3:友好的な社会的絆】という欲求に強く刺さるわけです。

しかも、パーソナルレッスンという形式だと、マンツーマンでコーチがついてくれるので、「私はちゃんと見てもらえている」という小さなステータス感も得られたりします。

ちなみに、この見出しに変えたことで、実際にサイトのコンバージョン率が改善したという結果も出ています。

【事例③】罪滅ぼしアイス

ここまで紹介したような話を踏まえて、日々マーケティングに向き合っていると、「この商品やサービスの“価値に気づいてもらいやすくなるポイント”って、どこだろう?」みたいな視点が、進化心理学の観点からも探りやすくなるんですよね。

次はそんな流れで、私自身の実体験を紹介します。

ある日、私は妻に対して「掃除ちゃんとしてなかったな……」のような罪悪感を抱いていました。そういうときって、自然と「罪滅ぼし的ななにか」をしたくなるんですよね。で、私がよくやるのが、帰り道にちょっと高めのアイスを買って帰るという行動です。

これ、ただ「アイスが食べたい」って話じゃないんです。もちろんアイスはおいしいし嬉しいんですけど、それよりも「ごめんね」の気持ちを、何かちょっとしたギフトという形で渡したいという気持ちのほうが強い。

進化心理学的に見れば、これはまさに【6:パートナー維持:既存のパートナーシップ維持】という欲求にあたる行動だなと思っていまして。良好な関係を保つために、気持ちを修復したい。そういう動きなんですよね。

ちなみに、この時に買って帰ったのは、なんとかダッツなんですが(笑)、これも「アイスを買う」という行動の裏側に、しっかりとした目的や本能が潜んでいたと気づいた瞬間でもあります。

こういうふうに、自分の身近な買い物行動も改めてケンリックの欲求ピラミッドのレンズで見つめ直してみると、「あのとき、これが欲しかったのって、こういう本能に引っ張られてたのかもな」と、発見があったりします。

なので、マーケティングに使えるのはもちろんなんですが、自分自身の行動を振り返るツールとしてもめちゃくちゃ面白いですよ、という例でした。

まとめ

「マズローの欲求5段階説」や「ケンリックの欲求ピラミッド」が示すように、人間の欲望にはある程度のパターンがあります。だからこそ、まだ気づかれていないニーズや深層心理を探るときにも、的を絞りやすくなるわけです。

その結果、より心に響くメッセージや、より金銭的・感情的な欲求に訴えかける訴求軸が立てやすくなります。商品やブランドの魅力を、もっと効果的に伝えることができるようになるんですよね。

今回ご紹介した「ケンリックの欲求ピラミッド」も、そういった「本能に響くマーケティング」に活かせるツールの一つです。

ぜひ、みなさんが担当されている商品やブランドの価値提案に、このような人間の欲求を結びつけてみてください。そこから、既存の価値に新たな意味づけをしたり、新しい価値の提案につながったりするかもしれません。

ただし、進化心理学の応用には注意が必要です。人間の本能に深く関わるテーマには、生々しさや、直球では伝えにくい内容が含まれていることもあります。世に出すメッセージとして適切か、倫理的に問題がないか等、常に配慮が必要です。

特に、ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)に関するリスクも含まれてくるため、扱いには十分な注意が必要です。強く刺さる訴求だからこそ、倫理観をもって、良い商品の正しい価値を誠実に届けるための手段として活用していきましょう。

なお、「ケンリックの欲求ピラミッド」については、2025/12/2に開催された、オンラインセミナー「マーケティングを進化させる人間理解の科学 - 消費者理解に新しい視座を得よう」でも取り上げています。

本セミナーでは、進化心理学・認知心理学・行動経済学・脳科学の知見をもとに、マーケティングに活かせる人間理解の方法論についてお話ししています。ご関心のある方は、ぜひ以下のアーカイブ動画もご覧くださいませ!

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